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商標法と登録商標制度の歴史

人間の創作活動で生産されるものは数多くあり、それらをまとめて「知的財産権(知財)」と呼称され、金銭や物品または不動産などとは明確に区分されています。

 

主に著作物や芸術的創作物を指す「著作権」を除く「特許」「意匠」「商標」はすべて国が審査し登録をすることで初めて権利が発生する仕組みになっており、知財の中では特に「産業財産権」または「工業所有権」とも呼ばれています。

 

それでは、これら「産業財産権」に属する「商標」はどのような概念と経緯で誕生し発展してきたのでしょうか?今回は商標法と登録商標制度の歴史をひも解いていましょう。

産業革命が契機となる

国家が優秀な発明を保護するという思想は1400年代後半に当時の「ベニス共和国」で生まれ、1624年にイギリスで国家が認めた発明に対する「専売条例」が成文化されたのが近代特許法の始まりとされています。

 

すなわち、産業財産権の最たるものである特許法は、産業革命よりも1世紀以上早く法制化されていたことになります。これに対し、商標すなわち企業の「トレードマーク」については、これらを模倣する行為に対しては「詐欺罪」などの法律で対処されていました。

 

18世紀にイギリスを中心とする西洋社会で勃興した産業革命を契機に、大規模な生産を行う企業のトレードマーク摸倣の被害が甚大になってきたことから、トレードマークの保護と取締りを強化すべしとの機運が高まり、1857年にフランスで「製造標及び商業標に関する法律」が制定されたのが世界で最初の商標法とされています。

 

その後1862年にイギリス、1870年にアメリカ、1874年にドイツで商標法が制定され、ここに近代に連なる商標の独占権を国家が認可するというトレードマークに対する概念が法制化されたこととなります。

「健全なる産業社会」の構築を目指す

制定当時の商標法では、各企業が提出するトレードマークをそのまま登録する制度となっていましたが、特に文字商標に関して普通名詞やそれに近いものを一日でも早く先願した一社に独占させることの弊害が生まれてきたことから、1800年代の終盤頃に国がトレードマークを審査し許諾されたもののみを登録する制度に切換えられました。

 

すなわち、「先願主義」「審査制度」「登録制度」という3点の主要概念からなる近代の商標制度は18世紀の終わりに制定され、19世紀以降に世界各国で導入されてきたという歴史を有しているわけです。

 

近代社会の経済成長は産業界の発展に依るところが大きく、産業を発展させるためには各企業のトレードマークに対し、出願されたものを国が審査しこれを行政機関(特許庁や商標庁)に登録することで、企業の権利を保護し、消費者が錯誤することなく安心して消費活動ができるという、いわば「健全なる産業社会」の仕組みを構築する上で、商標法による登録商標の制度化は、発明の権利化となる「特許法」と共に必要不可欠な法体制であったといってもよいでしょう。

日本における商標法の制定

日本では、欧米先進国に10年ほど遅れた1884年(明治17年)に「商標条例」が制定され、これが現代の商標法のさきがけとなりました。

 

そして、翌年の1885年には特許法の前身となる「専売特許条例」は公布されていますので、日本では意外にも特許よりも商標の方が1年早く法制化されていたことになります。ちなみに、今でも一般的に持ちられることの多い「専売特許」という単語はこのときの条例の標題が元になっています。

 

発明や商標に関する法律は、実際の運用面でのトラブルが相次ぎ、その都度改正されていき、ようやく戦後の1959年(昭和34年)の大改正によって現在の法体系が整ったとされています。

 

知財の歴史を振り返ってみると、中世の欧州にその概念は芽生え、産業革命によって法制化が進み、商標法に関しては戦後に近代的法体系が完成した「古くて新しい法律概念」と表現することができるかもしれません。

 

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